トップ東京の公園井の頭恩賜公園

井の頭恩賜公園

 東京でお散歩できる公園の内、「井の頭恩賜公園」について写真付きでご紹介します。

井の頭恩賜公園の基本情報

 以下では「井の頭恩賜公園」の基本情報についてご紹介します。

歴史

 現在井の頭恩賜公園となっている土地は、江戸時代には井の頭池と一帯の林が幕府御用林として保護されていた。明治維新後の1889年(明治22年)には宮内省(現在の宮内庁)の御用林となり、1913年(大正2年)には約66,000坪が東京市に下賜された。東京市はこの土地のほかに、買収地約5,500坪、寄付地544坪、神社共用地約900坪、池約14,000坪を合わせ、1917年(大正6年)「井の頭恩賜公園」として開園した。

備考

 面積は約38万平方メートル。園内は大きく分けて、「井の頭池辺」、「御殿山」、「西園」、「第二公園」の4区域に分かれる。中心にある井の頭池は、「武蔵野三大湧水池」の一つとして知られ、また神田川の流れの一部も公園に含まれている。 井の頭恩賜公園の園内マップ

利用案内

無料/無休

住所

東京都武蔵野市御殿山1-18-31

アクセス

  • JR中央線「吉祥寺」
  • 京王井の頭線「井の頭公園」

電話番号

0422-47-6900

公式サイト

井の頭恩賜公園トップへ

井の頭恩賜公園の写真や動画

 以下では「井の頭恩賜公園」について写真付きでご紹介します。 「井の頭池・西側
 「井の頭池・西側」。善福寺池、石神井公園にある「三宝寺池」と並ぶ、武蔵野三大湧水池の一つ。渡り鳥が多く飛来し、この池にて越冬する。 元動画は⇒こちら
野口雨情の歌碑
 「野口雨情の歌碑」。1952年(昭和27年)11月設立。刻まれているのは雨情作の「井の頭音頭」の歌詞「鳴いてさわいで日の暮れごろは葦によしきりはなりゃせぬ」。
井の頭池・東側
 「井の頭池・東側」。井の頭という名は、三代将軍・家光が「えんかしら、この水の美しさ」と驚嘆したことが由来という説もある。井の頭池と一帯の林は、江戸幕府の御用林として保護されていたが、明治維新後は東京府により買収された。
ストリートパフォーマー
 「ストリートパフォーマー」。東京都のオーディションを通過した大道芸人は「ヘブンアーティスト」と呼ばれ、登録料無料で一年中活動できる。写真の方は雪竹太郎さんで、気温10度の中「人間美術館」を披露している。奥に見えるのが屋外ステージ。
アートマーケッツゾーン
 「アートマーケッツゾーン」。アートマーケッツとは、2007年(平成19年)から導入された登録制度で、一定のルールを守れば路上販売を認可するというもの。基本的には、土日祝日に開催される。
水門橋
 「水門橋」。井の頭池の末端にある橋で、池の水をせき止めて神田川に流す水門の役割を果たしている。
神田川の起点
 「神田川の起点」。井の頭池の水をちょろちょろと小出しにしているこの水門から神田川が始まる。地味なせいか、誰も見向きもしない。 元動画は⇒こちら
三角公園
 「三角公園」。公園の東端にある小エリア。左に見えるのが京王井の頭線の井の頭公園駅。
京王井の頭線
 「京王井の頭線」。公園の東側を斜めに横断しながら走っている。右下に流れている小川が神田川で、ここから流路延長24.6キロメートル、流域面積105.0平方キロメートルの一級河川に広がっていく。
ボート場
 「ボート場」。1929年(昭和4年)7月に開設された。手漕ぎボートは1時間600円、足漕ぎボートは30分600円、公園名物のスワンボートは30分700円。「井の頭公園でボートに乗ったカップルは、必ず別れる」という都市伝説は、今となっては懐かしい。
石像物群
 「石像物群」。参道の石橋、狛犬、石灯籠などは1978年(昭和53)、三鷹市の文化財に指定されている。また安藤広重の「名所江戸百景・井の頭の池弁天の杜」や「名所雪月花・井の頭の池弁財天の社雪の景」では、境内の様子がこの写真と同じアングルで描かれている。
弁財天
 「弁財天」。平安時代中期、最澄(伝教大師)が作った弁財天女像を安置するため、六孫王経基がこの地に建てたと伝えられる。鎌倉時代末期に焼失してからは長らく放置されていたが、江戸幕府三代将軍・徳川家光により再建された。
井の頭自然文化園・水生物園
 「井の頭自然文化園・水生物園」。井の頭自然文化園は吉祥寺通りを挟んで本園と分園に分かれており、こちらは分園側。井の頭池の西側に、まるでクサビのように割り込んでおり、主に水生物の展示を行っている。一般400円で月曜定休。
稲荷神社
 「稲荷神社」。水生物園近くの小さな鳥居をくぐるとある。黒く焦げて見えるのは、まぎれもなく焦げ。2013年(平成25年)5月1日に発生した不審火により、ほこらが全焼してしまった。人通りの少ない立地が災いしたのだろう。
御殿山入口
 「御殿山入口」。御殿山(ごてんやま)の名は、三代将軍・家光が鷹狩りをするときの休憩御殿を、このあたりに造営したことに由来する。なお「三鷹」という地名も、歴代の徳川将軍がこの地で鷹狩りを楽しんだことに由来するという。
御殿山
 「御殿山」。1962年に行われた武蔵野市の発掘作業では、この近くで縄文時代の竪穴式住居遺跡が出土した。3~4千年前には集落があったと考えられている。1937年(昭和12年)には、篤志家の寄付により、御殿山南斜面に梅林が作られた。
井の頭恩賜公園・西園
 「井の頭恩賜公園・西園」。1973年(昭和48年)3月、東京都が買収した土地に作られた。池のある東園とは玉川上水によって分けられる。
テニスコート
 「テニスコート」。吉祥寺通りに面した西園の南部にある。全天候型のオムニコート6面と練習板1基を備える。コートの利用は登録制。
三鷹の森ジブリ美術館
 「三鷹の森ジブリ美術館」。西園の南端にある。建物の外観は見学できるが、入館するにはローソンのLoppiで事前に予約チケットを購入しなければならない。ちなみにロボット兵は屋上。
文化交流広場
 「文化交流広場」。ジブリ美術館の隣にある広場。このさらに南部では、公園の拡張作業が行われている。
遊びの広場
 「遊びの広場」。公園予定地の横にあり、子供用の遊具などが備わっている。
小鳥の森
 「小鳥の森」。玉川上水の西側にある森で、鳥の生息を保護するバードサンクチュアリとして機能している。中に入ることはできないが、北端に観察窓がある。
井の頭恩賜公園・第二公園
 「井の頭恩賜公園・第二公園」。玉川上水の東側にある公園。天気は悪くないが誰もいない。
玉川上水
 「玉川上水」。承応2年(1654)ころ、江戸の飲料水供給のために作られた上水路で、井の頭公園の東園と西園とを分けている。1948年6月、太宰治が愛人山崎富栄と共に入水自殺したことでも有名。2003年8月、文化財保護法に基づき国の史跡に指定された。
西園競技場
 「西園競技場」。1周400メートルのトラックと、面積1万平方メートルのフィールドからなる。毎週水曜と第2・4日曜日が貸切日で、それ以外の日は自由解放される。ジョガーが多い。
井の頭恩賜公園トップへ